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月刊シティ・タワー診療所 9月号

月刊シティ・タワー診療所 9月号 |ブログ|シティ・タワー診療所とても有名な写真なので、掲載するのも恥ずかしい限りです。
観光名所にもなっている八方池です。天気がいいとこんな景色が見られます。
ただし朝9時くらいまでです。それ以上遅いとガスで見えなくなるのが山の常識です。


今月の島ちゃん先生
〜特徴的な先生が多かったな〜

私の小学生時代の思い出です。

以前お話した通り私の小学校は全校生徒54名というとても小さい学校でした。
そのためか?先生たちもとても「変わった」特徴をもつ先生が多かったような気がします。

今月はその一人を紹介します。
H先生は野菜作りと花作りが得意でした。

そのため、春は畑の開墾と花の世話、夏は畑の野菜収穫、
秋は菊の花作りと冬野菜の植え付け、冬は冬野菜の収穫、と1年中畑作業をしていました。

今だったら絶対に問題になるような教育だったと思いますが、
当時はこれが許されていました。

私達は言われるがままに畑作業を頑張りました。
教室で授業を受けた記憶はほとんどなく、連日畑に行っていた思い出しかありません。

特に思い出深かったのは、菊です。大菊は6年生がつくり、小菊は4,5年生が作りました。
大菊は見た目も華やかだったので、6年生になったら大菊(特に厚物が私は好きでした)を作りたい、
色は白色がいいな、と思って数年間取り組みました。

あと2人、変わった先生がいました。次回へつづく・・・

みんなの健康相談〜今月の質問〜
「センセイ、ACPはどうやって活かされるの?」

ACP(人生会議)の話題の続きです。

では実際に急変したときにどのようにその人の意思を尊重し、医療が実施されるのか、
をストーリー仕立てで解説します。

Aさんは普段から「胃ろうなんかしたくない」「人生満足、ころっと逝けたらいい」
ということを家族にも近所の人にも、関わる医療介護スタッフにも伝えていました。

しかも何度もそれを伝えていました。

だんだんAさんは認知症が進行し、自分の言葉を発することができなくなりました。
食べることができなくなり、何度も誤嚥性肺炎で入退院を繰り返しました。
そしていよいよ栄養をとるために「胃ろう(=お腹に穴を開け直接栄養剤を入れる装置)」を作るかどうか、
という判断を病院意思から迫られました。

その時に家族さんからは「昔っから母は延命治療は希望してこなかった。
食べられなくなったらそれが人生、って言っていた」
という発言があり、ケアスタッフからも「点滴や入院した時のAさんの表情は辛そうだった。
これ以上入院はAさんにとっては苦痛だと思う」
という発言がありました。

命の長さを長らえる胃ろうという治療があっても、Aさんの生き方、Aさんらしさを皆で話し合い、
Aさんの尊厳を守るのは、胃ろうをしないで生きること、という結論に到達しました。

このように、ACPは1回の話し合いで決まるのではなく、何度も繰り返して話し合われること、
多くの人と話し合うこと、意思疎通できない状態でもその人らしさをみんなで
推定することが大事になります。

ご参考になりましたでしょうか?